最後に
周辺観光の出先機関としての池田
 戦後、特に機械の発達により暮らしは大変豊かになりました。交通機関の発達、通信、放送などで距離は克服されて、限り無く感覚は「無」に近づいています。また、近代の発展の基本である専門化と分業化が伴い、更に組織は細分化されています。言い換えれば、技術が無感覚に拍車をかけているとも言えなくありません。
 そんな中にあって、旅から得る五感で受け止める経験は、益々重要度が上がり、見直される傾向にあると言えます。また、旅は人にとって基本的な欲求であり、生活に潤いを与える大切な分野でもあります。近年の余暇時間の増大はこれに相対するものと注目されます。
 この視点で、池田の立地を見た場合、中国方面から大阪への入り口、大阪から丹波方面への入り口、西からの京都・大阪の分岐点として捉える事(また、各々を全く逆の出口としても)ができると考えます。よって、観光化において滞在型の展開を考慮する事も可能かと思われます。周辺地域の情報を池田で入手し、予定を立てる地域として池田の旧市街や街道筋を利用し、更にインターネットを使って詳しく調べられる環境の整備を計れば、21世紀には情報の集散地としての地位も築けると考えます。中世・近世には物資の集散地として、21世紀には池田に相応しい復権も臨めると期待されます。
 旧市街はそれ自体にストーリーが出来上がっていて、これを大切に守る事での発展を基本に考えるべきで、施設型地域の池田駅南側付近と分けて考える必要があると考えます。また、池田から20キロメートル圏内に大都市大阪を望むにあたり、池田の施設型観光施設はこれとの連携を模索する事が可能と思われます。輸送力としては、阪急電車が有望。単一施設型の計画はどこも振わないようです。連携という視点で周遊型施設の展開をし、投資の分散も副産物として得られるようです。
 何れにしても、地域の要素は多い方が巾も広がり観光化については好都合思われます。


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